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それぞれの立場からの思い ― 遺産相続コラム

最近、相続や生前贈与に絡んで、難しいな、やりきれないな、と思うことが続きました。
親族関係に関する問題は、長年積み重なったしがらみがあること、立場が違うと物事の見え方や考え方が全く違ってくること、感情的に譲れない部分が有ることなど、とても難しいと感じています。
さらに、当事者だけではなく、親戚や知人、近所の人など、周囲の意見やアドバイス、思惑も入り交り、混沌としてくることもあります。

私の事務所のあたりでは、地元に残られた方など、「跡継ぎ」「長男だから」という意識が強い方が一定数いらっしゃるように思います。一方で、実家や地元から出られた方は、「相続は平等」「法定相続分で分けるべき」と考えられる方が多いように感じます。
前者からすれば「何年にもわたって親の面倒をみてきた。」「親から嫌なことを言われても、跡継ぎだから仕方がないと我慢してきた。」「病院へ連れていったり食事を作ったり、親の世話は何かと大変だった。」など、自分が多くを相続して当然、と考えることになったりもします。
後者からすれば「(同居して、あるいは近くにいて)親から生活費や小遣いをもらっている。」「光熱費だって自分たちの分も親に支払わせている。」「親に子どもの面倒をみてもらっている。」「親のお金がどれだけ流れているか分かったものではない。」「(親の土地に家を建てていて)タダで親の土地を使って得をしている。」など、法定相続分はもちろんのこと、相手が親の金で得をしてきた点も考慮してほしいとなったりもします。
実際、多くの事案において、いわゆる特別受益に関する主張(被相続人の生前に相手は特別の利益を得ている、など)やいわゆる寄与分に関する主張(自分の働きで親の財産の減少を防いだ、など)が出されています。

本来、親族関係の事案は、双方が相手の立場に思いを致し、譲り合いによって合意に達するのがよいのだと思います。話し合いであれば、双方にとって納得のできる柔軟な解決方法を模索することもできます。
しかし、残念ながら、弁護士のところへ持ち込まれる事案は関係が既にこじれていることがほとんどで、「相手を信頼できない。」「聞く耳を持ってくれず話にならない。」「直接、話したくない。」といった状況になっていることが多いのです。
そして、相互の信頼関係が破壊されていて話し合いができなければ、最後は、法律によって解決するしかないということになります。

弁護士は、法律や判例、家庭裁判所の実務などに照らして、事案の見通しを持ちます。
相談者のお話をお伺いして、その思いやこれまでの長年にわたる事情はよく分かるとしても、法律や判例、家庭裁判所の実務などからすれば、相談者の言い分は認められないだろう、相談者が期待しているほどの結果にはならないだろう、と言わざるをえないことも起こり得ます。
私は、丁寧に、誠実に説明するように心がけていますが、どれだけ説明しても、相談者の方が自分の立場からしか物事を考えようとされず、自分の主張が通らないなんて納得できない、法律や裁判所がおかしい、などと言われることもあります。そうすると、受任して、一緒に解決にあたることは困難だとならざるをえません。
「法律的にはそうかもしれないけれど、それはあんまりではないか・・・」といったお気持ちは重々理解できます。しかし、最終的には、法律の土俵の上での解決にならざるをえず、そこには限界があることをご理解いただけると幸いに思います。

もっとも、弁護士という第三者が入ることで当事者双方がそれぞれの立場を客観的に見直すことができ、当事者間ではまったく話ができなかったのに、話し合いの機運が生じて妥当な解決に至った事例も見てきました。
話し合いは到底無理だとあきらめていたのに感情のもつれが和らいで思いがけず話し合いが実現したり、双方が少しずつ譲ろうという気持ちになって現実的な解決に向かったり。
その結果、依頼者の方が望む方向で解決できた時は、本当に嬉しいです。
親族間の問題は、感情が絡んでいることもあって、何かのきっかけで事案が動くこともありますし、実際に始めてみないとどのように動くか不透明なケースもあるのです。

相談者の方には、自己に不利な点も十分認識し、最後は出た結果を受け入れるという覚悟を持った上で依頼していただければ、と思います。
私は、依頼者の方と共に、できる限りのことを考え実践していくよう努めます。
悪い結果を覚悟していただいていたにもかかわらず、一緒に頑張ったことによって事案が良い方向に進み、最終的に依頼者の方の望む方向での解決ができたら・・・こんなに嬉しいことはないと思います。

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